私の写真日記

タイトルは「私の写真日記」にしました。これからも気負わず、素直に綴っていこうと思います。

あなたはどっち派(朝めし)

今朝の朝食です。

目玉焼きにキャベツ炒め、ベーコン、天ぷら、もずく、そして炊きたてのご飯。

派手なご馳走ではありませんが、一日を始めるには十分なごちそうです。

 

 

昨夜は負けたかと思ったバレーネイションリーグですが、居間に行ったら女房が真剣そうに観ていました。

2-2で迎えた最終5セット目でした。おぅ~頑張るじゃん!と見続けました・・・。

まさにハラハラドキドキの場面が続きます。

結果は佐藤選手の偶然とも思えるネットインで、決勝戦進出です。

そんなことから、眠れなくなり睡眠時間が5時間になっていました。

 

 

さて、ちょっと(だいぶ?)古い人間ですので、ふと昔からのことわざを思い出しました。

「こんなものは朝めし前。」

「腹が減っては戦はできぬ。」

 

あい対する言葉です。

「朝めし前」は、昔の人が朝食前に畑仕事や薪割り、水汲みなどを済ませていたことから、「これくらい簡単なこと」という意味で使われるようになったと言われています。

 

 

一方、「腹が減っては戦はできぬ」は、戦国時代から伝わることわざで、どんな武将でも空腹では力が出せないという教えです。

昔も今も、まずはしっかり食べることが何より大切だったのでしょう。

 

 

若い頃は「朝めし前」と思っていたことも、今では朝ご飯を食べてからのんびり始めます。(笑)

それでも、美味しく朝食をいただき、一日を元気に迎えられることに感謝です。

今日も「腹が減っては戦はできぬ」。

まずは朝ご飯をしっかり食べて、一日を始めることにします。

 

              Yuki

ちょっと手を加えると(美味しく見える)

先日、女房が駅前のスーパーで買い求めたパックに入った握り寿司です。

 


これを他の皿に盛り付け、角度を変えてパチリしただけで、美味しく見えます。

 

 

これもそうです。

どちらかと言うと、パックのまま出されるのが嫌な私です。

別に贅沢したのでは無く、盛り付けで工夫すれば美味しく見えるのです。

 


鶏のモモ肉が好きなんですよ。
少し、塩・胡椒をふりかけ過ぎたのかもしれません。

美味しければいいんです!

 

yuki

10年前の出張(名古屋)

65歳から7年間ですが、国内はもとより中国(上海・青島)などに出張がありました。

PCのファイルを整理していたら、当時の画像が出てきました。

受注したい物件があり、名古屋でその打合せです。

 

 

テレビ塔近くに西日本支店があり、良く伺いました。

名古屋のレディーやマダムは、意外に派手?で流行の最先端姿で街(地下街)をかっ歩しいているように感じられました。

 

また、名古屋や山梨の方は見栄っ張り?と言うのか(失礼!)、冠婚葬祭も派手だと聞いています。

特に花嫁道具一式を見せて走るトラックは有名でした。現在は分かりません。

 

 

出張と言っても、仕事が終われば懇談会(懇親会?)は当然です

支店長が用意してくれた店に伺います。

 

 

これも楽しみの一つです。

少し遠ければ飛行機を利用しますが、大阪や名古屋辺りは新幹線です。

岡山も良く伺いましたが、飛行機になります。

 

 

打ち合わせ(会議)の後は、ぶっちゃけ作戦会議になります。

それこそ、腹を割って話し合います。

受注できれば70~100億近い額になりますので、社運をかけた猛者(もさ)が集まりになります。

 

 

ほとんどが、各支店長の裁量?でゴチになるか、それなりの負担での場になります。

栄町の地下街は以前から有名でしたが、駅近くに大きなビルが建ち人の流れも変わったと聞きます。

5時以降になると、栄町に向う方も多いようです。

 

 

店の壁には「海で仕事しとる かあちゃんが好きや! 入学式で口紅ぬったかあちゃんは どうも好かんわ」

面白いですね。気持ちは分かります。

仕事上の話はご紹介できませんが、大変でしたが楽しくもあり良い時間でした。

 

 

ビジネスホテルでの朝食です(ほとんどがバイキング形式)。

個人的には東北方面の朝食は素朴ですが、米も味噌汁も美味く感じます。

 

 

2016(平成28年)3月3日の「中日新聞」の朝刊です。

時代はこの10年で、自分の環境も含めて大きく変わりましたね。

コロナ禍・中東・米騒動・円高・・・。

最近は先輩や仲間がどんどん居なくなって?ます。

そんな年齢になったのでしょうね。

 

yuki

東京地方は久しぶりに晴れた!

今朝は9時半からズンバのプログラムに参加してきました。

久しぶりに晴れて、梅雨明けを思わさせます。

 

 

出かける前に、庭の草花の手入れや小さな(一坪)菜園で収穫です。

ミニトマト5個とナス1個、モロッコインゲンが10本くらいです。

まるで、夏の陽射しですね。

 

 

鉢に植えたズッキーニも何本も収穫しています。(コツは人工授粉ですね)

 

 

 

 

ほとんどが宿根草で、毎年咲いてくれます。

中には、もちろん種から育てた百日草やマリーゴールドも咲いてくれました。

 

 

アサガオやヒメヒマワリ(姫ひまわり)も咲いてくれました。

 


昼過ぎから蚊取り線香を焚いて、育った花の苗をポットに移植しています。

 

 

お昼は、朝採ったナスと大根おろし和えでした。

 

 

美味しくいただきましたよ。

朝のズンバは結構バテましたね。

若い女性陣はバネがあって、飛び跳ねていました。

だいぶ、地球の引力と戦って来ましたので、そろそろ限界です。

 

yuki

どこもかしこも老朽化

先日、キッチンの床が濡れていました。

きっと、私が熱帯魚(プラティー)の水槽をきれいにして、水を入れかえたせいかと思っていました。

 


拭いても拭いても、床が濡れるのです。

中を開けて、調べてみたら水道管(温・水)から漏っていることが分かりました。

このくらいなら自分でも直せるかと思ったのですが、古いモノでしたので合った管など器材がありません。

応急的に、漏っている個所にバケツを置いて、その蛇口(キッチン)は使わないことにしました。

 

 

知り合いの水道屋さんが直ぐに来てくれて、番号を調べその場で注文していました。

餅屋は餅屋(プロはプロ)ですね。明日入るとのことです。

しかし、数日たっても来られませんでした。

工事店の奥さんから、ご主人は体調を崩して入院しているとのことです。

結果、1週間後に元気な姿で来られました。

 

 

古いので、シリンダーが固まって動きません(外せません)。

若いので水道屋さんなので、かなりの力で回したら外れました。

 

 

さすが、プロですね。

もう、このような直しは私には無理なことです。

 

 

 

いろいろとあって1週間は不便しましたが、完全に復旧しました。

我が家も私もほぼ同じ年齢?ですので、あちこち老朽化が進んでいます。

機器類は交換すれば直りますが、私はそうは行かない(交換などできない)状況になるのでしょう。

 

 

よく、ガタが来ると言いますが、ガタガタになってはどうしようもないことです。

よく眠れるのですが、なんか気分もイマイチですね。

これも老朽化になる焦りを感じているせいなのでしょうか?

 

yuki

 

 

 

 

 

飯が旨い!そして人生訓

ほとんど外食しない我が家です。

理由は特にありませんが、自宅が一番落ち着くからです。

昨日の昼食は、麺に自家製ハンバーグ?を乗せて(ニラやトマト・ナスなどは庭から)です。

夕食は女房はダンスの練習会に行った帰りに、「かつや」で買い求めて来たものです。

 

 

どれも美味しくいただきました!

 

今朝の新聞公告です。

 

 

今までは、70歳・80歳で健康生活とありましたが、今や90歳の広告になっています。

 

人生訓をご紹介します。(2種類です)

はじめは、「人生は山坂多い旅の道」です。

 

 

喜寿過ぎてもまだ、人生の半ばなんですね。

80歳(傘寿)では、「まだまだ役に立つ」でした。

 

そして、「人の道」です。

 

今では忘れかけている、「恩義・義理・人情・過失・我意・人の失敗・人の秘密・信用」です。

 

歳を取るとこの意味が理解でき、身に染みます。

若気の至りもたくさんありました。

 

美味しい飯が食えて、人の恩義などを忘れないことが大切なのでしょう。

 

yuki

こうなると予約が必要になるのかも?

昨日は、6人姉妹の4女(93歳)の叔母が他界され、一(いち)日葬が行われました。

母は長女です。

これには順番は無く、6女(末娘)が最初に他界されました。

 

 

かつては通夜、告別式、初七日と数日にわたり、多くの方が集まり、故人を偲ぶ時間がありました。


今は「一日葬」が増え、ご親族中心の20名ほど。

故人とゆっくり向き合う時間よりも、斎場では次々と予定が組まれ、担当者も時間との戦いです。

都内ですと、斎場も少ない(足りなく)のも実情です。

 


斎場には霊柩車が並んで到着する光景を見ると、まるで空港の発着のように流れていく感覚を覚えることがあります。

 

喪主から献杯のご挨拶を事前に依頼されました。

原稿を読むのではなく、その場の空気を感じながらです。(アドリブです)

  • 喪主のお話と重ならないようにする。
  • 導師さまへの御礼とお言葉を受けて話をつなぐ。
  • 35年間支え続けたご家族への労をねぎらう。
    もちろん、病に伏してからご本人(故人)が一番頑張ったのでしょう。
  • 季節の紫陽花に故人を重ねる。
    朝露に輝く紫陽花と叔母さまのお姿を重ねました。美しく・穏やかで・優し方。

献杯のご挨拶は断って1分だけいただき、お話しさせていただきました。

 

読経が終了し導師よりお話しがありましたが、「失ってみないと、その有難さがわからない」という言葉が印象的でしたので、これもお話ししました。

 

 

献杯の挨拶は乾杯の音頭ではなく、「故人との最後の会話を皆で共有する時間」なのかもしれません。

 

そして、次から次へと霊柩車が斎場に入り込んできます。

斎場のご担当も、忙しそうに(あわただしく)次の準備をしています。

 

こうなると、「自分の斎場を今から予約しておかなければ」と思うくらいに感じた昨日でした。

 

yuki